人類の自然界に対する知識は、観察すること、すなわち、正しく見ることから出発して、人類歴史と共に発展してきました。仏教では、正しく見ること(=正見)から、正しく考えること(正思惟)→正しく語ること(正語)→正しい行いをすること(正業)→正しい生活をすること(正命)→正しい努力をすること(正精進)→正見を得る目的を念じ忘れないこと(正念)→正しく清浄な禅定に入ること(正定)に至る、という教えがあり、これが八正道と呼ばれるものです。八正道の手順は、基礎科学の進め方の手順、そして、基礎科学が応用研究に繋がる手順、更には応用研究が製品開発に至り、最終的には人類の福祉と幸福に至るための手順に通じるものがあります。
前置きが長くなりましたが、全ての出発は「正見」、まさしく、ここに放射光科学の意義があります。放射光は原子分子の構造や電子状態を精緻に観察することのできる「光」であり、物質内部を正しく見る(正見)ことができる、物質科学における必須なツールです。エネルギー・環境科学、情報科学、生命科学、医学、材料科学等々は全て物質科学を基礎としているので、放射光は、物質科学のみならず、自然科学全般にとって必要な「正見ツール」だと言えます。
物質は光の「影」のようなものであり、「光」と「影」の相互作用(運動量、角運動量、エネルギーの授受)を通して、「光」と「影」がお互いを認識し合うことが、放射光実験です。したがって、放射光実験を通して「影」に関する正しい知見を得るには、光そのもの関する正しい知識、光を発生する光源に関する正しい知識、そして、光を取り扱う光学系や検出器系に関する正しい知識が必要です。また、放射光実験で扱う「影」、すなわち物質は、多種多様であり、物質科学における幅広い知識も必要になってきます。一朝一夕にこれらの知識を習得することはできませんが、放射光科学は、専門性と学際性の両面を持ち合わせた分野であり、全力投入で挑戦するに値する、魅力的な分野です。
SPring-8夏の学校では、座学と実習を通して、皆さんが、放射光実験に必要な上記に関する知識と経験を習得することを目的としています。さらに、SPring-8夏の学校での講師や参加者との議論や交流を通して、コミュニケーション力を高め、親睦を深めて貰いたいと願っています。
多くの学生諸君の入校を期待しています。
第17回SPring-8夏の学校 校長
東京大学 マテリアルイノベーション研究センター 機構長
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 特任教授
雨宮 慶幸